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【連載:CRM4.0と隣接思想】第1回 — 「存在の問い」からCRM4.0を読み解く:現象学・実存哲学とのダイアローグ
こんにちは、CRMエバンジェリストの松原です。
「顧客体験」という言葉を日常的に使いながら、私たちは「体験とは何か」を問うことがありません。
「顧客体験(CX)を最適化する」——しかし「最適化」という言葉は、体験を「測定・分類・操作できる対象」として扱う前提に立っています。体験はそもそも、測定・分類・操作できるものなのか。
この問いに正面から向き合ったのが、20世紀の現象学・実存哲学です。
エドムント・フッサール(1859〜1938)・マルティン・ハイデガー(1889〜1976)・ジャン=ポール・サルトル(1905〜1980)——この三人が切り開いた思想の地平は、CRM4.0が「なぜICX(インプリシットカスタマーエクスペリエンス)に向かわなければならないのか」を、最も深いレベルで根拠づけています。
この記事では、現象学・実存哲学の核心概念とCRM4.0の思想的な接続を論じます。
フッサールの「志向性」——顧客は「対象」ではなく「世界を生きる主体」である
エドムント・フッサールが現象学の核心として提唱したのは「志向性(Intentionalität)」という概念です。
「意識はつねに何かについての意識である」——この一文が現象学の出発点です。
人間の意識は「空白の容器」ではありません。意識はつねに「何かに向かって」「何かを志向して」動いています。見るという行為は「見られる対象」を生み出す。聞くという行為は「聞かれる音」を構成する。感じるという行為は「感じられる感情」を形成する。
フッサールはさらに「生活世界(Lebenswelt)」という概念を提唱します。人間が科学的・客観的な分析の前に、すでに「生きている世界」——日常の実践・感情・習慣・関係性が絡み合った、理論以前の豊かな経験の世界——です。
【フッサールの「生活世界」とCRM4.0の接続】
CRM3.0的な顧客理解(科学的・客観的):
購買データ・行動ログ・属性情報の分析
→ 「顧客の生活世界」の外から観察・測定する
→ 「データとしての顧客」を理解しようとする
CRM4.0的な顧客理解(現象学的):
ICX・ナラティブ・感情温度・価値観の記録
→ 「顧客が生きている世界」の内側に入ろうとする
→ 「生活世界を生きる主体としての顧客」に向き合う
フッサール的な問い:
「田中社長の購買データ(科学的・客観的)」ではなく、
「田中社長が毎朝工場に立って感じること・
創業者の父への思い・地域への責任感」
——これが「田中社長の生活世界」であり、
ICXが記録しようとしているものの正体。
CRM4.0が「コミュニケーションの8割以上を占める暗黙知(ICX)」を核心に置く理由が、ここにあります。顧客のデータは「顧客の生活世界」の外側の測定値に過ぎない。顧客の生活世界の内側——「顧客がどんな世界を生きているか」——に近づくことが、CRM4.0が定義する「顧客との共鳴」の前提条件です。
ハイデガーの「気遣い(Sorge)」——世界に関わるとはどういうことか
マルティン・ハイデガーは「存在と時間」(1927年)において、人間の根本的な存在様式を「気遣い(Sorge)」として記述しました。
ハイデガーにとって人間(「現存在(Dasein)」)は、世界から切り離された主体ではありません。人間はつねに「世界の中に投げ込まれ(被投性)」「他者と共にあり(共存在)」「未来へと向かって企投する(企投性)」——世界への関与の中にしかいられない存在です。
特に重要なのは「道具連関(Zeughaftigkeit)」という概念です。ハイデガーは「人間は道具を『手元存在(Zuhandenheit)』として使うとき、道具のことを意識しない」と言います。ハンマーを使って釘を打つとき、私たちはハンマーを意識しない。目的(釘を打つ)に向かって没頭しているとき、道具は「透明」になる。道具が壊れたとき初めて「眼前存在(Vorhandenheit)」として意識される。
【ハイデガーの「道具連関」とCRM4.0の接続】
CRM3.0までのCRM(眼前存在):
「CRMは入力しなければならないシステムだ」
→ CRMが常に「意識される対象」として立ちはだかる
→ 担当者は「CRMのために」仕事をしている感覚
CRM4.0的なCRM(手元存在):
「CRMを使っていることを忘れて、顧客のことだけを考えている」
→ CRMが「透明な道具」として顧客との関係に奉仕する
→ 担当者は「顧客のために」仕事をし、CRMが自然にそれを支える
ハイデガー的な設計の問い:
「このCRMの設計は、担当者が
顧客との関係に没頭できるか?」
「入力の摩擦がCRMを『眼前存在』にしていないか?」
「ワークフロー自動化はCRMを『手元存在』にするか?」
EMOROCO CRM Liteが「接触後30秒入力・ノーコード設計・ワークフロー自動化」を設計思想の核心に置く理由は、ハイデガー的に言えば「CRMを手元存在にする」——担当者が道具を意識せず、顧客との関係に集中できる状態を作る——ということです。
さらにハイデガーの「共存在(Mit-sein)」——人間はつねにすでに他者と共にある——という概念は、CRM4.0の「共創(Co-creation)」の存在論的な根拠を提供します。顧客との「共に生きること」は、人間の根本的な存在様式の一つです。「管理から共創へ」というCRM4.0のコンセプトは、ハイデガーが言う「共存在」の経営的な実践として読み解けます。
サルトルの「実存は本質に先立つ」——顧客は分類を超えた自由な存在である
ジャン=ポール・サルトルの実存主義の核心命題は「実存は本質に先立つ(L'existence précède l'essence)」です。
「本質(essence)」とは、あらかじめ定義された「ものの性質・カテゴリー」です。例えば「ハンマー」という道具は、設計された目的(釘を打つ)という本質が先にある。しかし人間は違う。人間には、あらかじめ定められた「人間とはこういうもの」という本質がない。人間はまず「実存(存在)する」——そして自分自身の行為と選択によって、自らの本質を作り出していく。
サルトルはここから「人間は自由である。そして自由であることを逃れられない」という結論を引き出します。
【サルトルの「実存は本質に先立つ」とCRM4.0の接続】
CRM3.0的な顧客分類(本質が先立つ):
「この顧客はセグメントAに属する」
「この顧客は価格感度が高い購買タイプだ」
「このペルソナに当てはまるから、この提案をする」
→ 顧客をあらかじめ定義されたカテゴリーに押し込める
→ 顧客の「実存(この瞬間の固有の存在)」を無視する
CRM4.0的な顧客理解(実存が先立つ):
「田中社長はどんなカテゴリーにも完全には収まらない」
「今日の田中社長は、昨日の田中社長とは違う状態にある」
「分析から導き出された『このタイプ』ではなく、
今ここにいる固有の田中社長に向き合う」
→ 顧客の実存を、常に更新し続けるナラティブで捉える
サルトル的な問い:
「このCRM設計は、顧客を
固定されたカテゴリー(本質)として扱っていないか?」
「感情温度・ナラティブメモは、
顧客の実存(今この瞬間の固有の状態)を
捉えようとしているか?」
CRM4.0がEMOROCO CRM Liteの中で「感情温度フィールド」を毎回の接触後に更新するという設計にしているのは、サルトル的に言えば「顧客の実存はつねに更新される」からです。一度入力した感情温度が「この顧客はクールな人だ」という固定された本質になってはならない。顧客は自由な実存として、次の接触で別の状態にある可能性がある。
メルロ=ポンティの「身体性」——感情は身体で感知される
モーリス・メルロ=ポンティ(1908〜1961)は、フッサールの現象学を継承しつつ「身体の現象学」を展開しました。
メルロ=ポンティの核心命題は「私は身体を持つのではなく、私は身体である」——人間の経験はすべて、身体を通じて行われます。感情・知覚・記憶・関係——これらはすべて「身体化された経験(embodied experience)」です。
これは顧客体験の理解に深い示唆を与えます。
【メルロ=ポンティの「身体性」とCRM4.0の接続】
「顧客の感情は身体で感知される」という事実:
感情温度の「クール」は何に現れるか:
・返信メールの文字量が減る(身体化された信号)
・握手の力が弱くなる(身体化された信号)
・アイコンタクトが以前より少なくなる(身体化された信号)
・訪問時のコーヒーの出し方が変わる(身体化された信号)
→ ICXキャプチャーフィールドが記録しようとしているのは、
まさにこの「身体化された感情の信号」
→ テキストデータ・購買データには現れない、
担当者が「その場で身体で感じた」情報を
言語化して記録するためのフィールド
担当者への問い:
「今日の訪問で、何かを『身体で感じた』ことはあるか?
いつもと違う何かがあったか?
それを言語化してICXキャプチャーフィールドに記録せよ」
「感じたけれど言葉にできない」——これがICXの正体であり、メルロ=ポンティが「身体化された経験」と呼んだものです。CRM4.0のICXキャプチャーフィールドは、この「身体化された経験を言語に変換する」装置として機能します。
「現象学的なCRM設計原則」——4人の思想から導く実践
4人の哲学者の思想を統合し、「現象学的なCRM4.0設計原則」を抽出します。
原則①「顧客の生活世界に入る(フッサール)」
顧客のデータを「外から分析する」のではなく、「顧客が生きている世界の内側に入る」という志向を設計の出発点にする。
EMOROCOでの実装: 顧客レコードに「顧客の生活世界メモ」フィールドを設ける。「この顧客が毎朝何を考えているか・何を恐れているか・何に喜びを感じているか」を、対話の断片から少しずつ記録する。
原則②「CRMを透明な道具にする(ハイデガー)」
担当者がCRMを「意識する」のではなく、顧客との関係に「没頭できる」設計をする。CRMが透明になるほど、担当者は顧客への共感に集中できる。
EMOROCOでの実装: 接触後30秒入力・スマートフォン対応・ワークフロー自動化——これらはすべて「CRMを手元存在にする」ための設計。CRMを「意識しなければならないシステム」から「使っていることを忘れる道具」に変える。
原則③「顧客の実存を毎回更新する(サルトル)」
顧客を一度入力した「本質(カテゴリー・タイプ)」に固定しない。顧客の状態は毎回の接触で変化し、感情温度・ナラティブは「実存の更新」として継続的に記録される。
EMOROCOでの実装: 感情温度は接触のたびに更新するルール。ナラティブメモは「今日この瞬間の田中社長」として書く。「このタイプだからこういう提案をする」ではなく「今日の田中社長はこういう状態だから、この提案が響く可能性がある」という思考へ。
原則④「身体化された信号を言語化する(メルロ=ポンティ)」
担当者が「身体で感じた」非言語的な変化を、ICXキャプチャーフィールドに言語化して記録する。「なんとなく今日は違った」という身体的な直感を、次の担当者に継承できる形式知に変える。
EMOROCOでの実装: ICXキャプチャーフィールドの記録ルール——「今日の訪問で、言語化できなかった何かを、できる限り言語化する」という習慣の設計。これがナラティブの質を決定的に上げる。
「現象学が問い続けること」——そしてCRM4.0が問い続けること
現象学は「もの」ではなく「現象(私たちに現れるありかた)」を問います。顧客は「購買データという対象」ではなく「企業との関係の中に現れる現象」として存在します。
フッサール・ハイデガー・サルトル・メルロ=ポンティが共有していたのは「人間を対象として扱うことへの根本的な疑問」です。この疑問の先に「人間を主体として向き合うこと」があり、それがCRM4.0の「共感・共鳴・共創」として現代のビジネスに翻訳されています。
CRM4.0は、テクノロジーの進化ではありません。現象学が20世紀に問い続けた「人間の経験とは何か」という問いへの、21世紀のビジネス的な応答です。
まとめ——現象学×CRM4.0の接続
| 哲学者 | 核心概念 | CRM4.0との接続 | EMOROCOでの実装 |
|---|---|---|---|
| フッサール | 生活世界・志向性 | 顧客の内側の世界への接近 | ICXキャプチャー・生活世界メモ |
| ハイデガー | 手元存在・共存在 | CRMの透明化・共創の存在論的根拠 | 30秒入力・ワークフロー自動化 |
| サルトル | 実存は本質に先立つ | 顧客を固定カテゴリーに縛らない | 感情温度の毎回更新・ナラティブの継続記録 |
| メルロ=ポンティ | 身体化された経験 | 非言語的信号の言語化 | ICXキャプチャー・ナラティブメモ |
次回予告: 第2回では「行動経済学×CRM4.0」——カーネマンの二重過程理論・ダニエル・アリエリーの「予測どおりに不合理」・リチャード・セイラーのナッジ理論が、顧客の意思決定とCRM設計にどう接続するかを論じます。
EMOROCO CRM Lite 製品ページ
次回:[【第2回】「合理的でない人間」を前提にしたCRM設計:行動経済学とのダイアローグ]
前の関連記事:[CRM3.0とCRM4.0の哲学的断絶——「顧客を分析する」から「顧客と共鳴する」への転換(ブーバー・レヴィナス・ハーバーマス)]
関連記事:[ICX(インプリシットカスタマーエクスペリエンス)とは何か——言語化されない顧客体験をCRM4.0とEMOROCO CRM Liteで設計する方法]



